5つの仮説を検証
ブルーカラー(肉体労働)の仕事で女性の就業者が男性より少ないのは珍しいことではなく、トラック運送業は典型的な例だ。
ただしトラックドライバーという仕事はステレオタイプ的に「男性的」であって、女性がこの業界への就労を希望しない傾向があるとともに、雇用側も女性ドライバーを避ける傾向があり、その両方がトラック運送業の男性社会を形成している。
ジェンダーギャップを定量的に評価することは、こうしたステレオタイプを打ち破る可能性を秘めており、ドライバー不足を背景に各国が政策的に進めている女性ドライバーの就労支援についても、より科学的なアプローチが可能になる。
一般のドライバーでは、速度制限や飲酒運転など交通法規への違反は男性のほうが多いという証拠があるが、トラックドライバーは運転によって生計を立てているプロのドライバーであり、一般のドライバーとは違反に対する動機が異なる。
例えば制限速度を超過すれば目的地に早く着くことができ、ドライバーは少しだけ多く稼ぐことができる。その代わり、事故を起こせば仕事を失うだろう。職業ドライバーのコンプライアンス問題は、「非遵守」の利益とリスクをどのように評価する傾向があるかという問題である。
そこで研究では、次のような仮説を立てて、これを検証した。
仮説1:トラックを運転する職業において、男性は女性と比べて安全にかかわる違反が多い
仮説2:トラックを運転する職業において、男女の安全性コンプライアンスにギャップがあり、男性は女性と比べて軽微な違反より重大な違反を犯す可能性が高い
仮説3:トラックを運転する職業において、運転する車両が小さいほど男女の安全性コンプライアンスのギャップは小さい
仮説4:トラックを運転する職業において、有償の貨物運送事業者より自己運送事業(自社の物流部門)のほうが、男女の安全性コンプライアンスのギャップが小さい
仮説5:トラックを運転する職業において、ELDの義務化のような全業界にわたる運転監視技術の導入により、男女の安全性コンプライアンスのギャップは小さくなる
分析結果はおおむね仮説を支持
2244万4353件もの検査記録に対して、違反の「重大さ」を1から10の重みによって判断する。例えば時速15マイル以上の速度超過は最大の10が割り当てられ、休憩中の駐車違反はもっとも小さい1が割り当てられる。安全運転とHOSの双方について、1~5を「軽微な違反」、6~10を「重大な違反」と定義した。
そしてオッズを計算した上でオッズ比を比較した(「オッズ」はある事象が起こる確率を表し、「オッズ比」はある群と別の群とを比較した場合の事象の起こりやすさを表す)。
今回の場合、男性ドライバーに対する女性ドライバーのコンプライアンス違反の起こりやすさを表し、オッズ比が1より大きい場合、女性ドライバーは男性より違反しやすく、1未満の場合は違反しにくいことを示す。
結果は仮説とおおむね一致している。トラック保有台数の多い大手運送会社は、中小運送会社よりHOS違反を起こす可能性ははるかに低く、また有償の貨物運送事業者は自己運送よりHOSの規則を破る可能性が高い。ただし、安全運転に関しては傾向は同じではない。
安全運転における軽微な違反(オッズ比は小さいが有意差なし)を除くと、すべてのモデルで女性は男性より違反を起こす可能性が有意に低くなった。
重大なHOS違反は7.4%、軽微なHOS違反は1.6%、重大な安全運転違反は13.2%も低くなった。特に安全運転・HOSともに重大な違反ほどギャップが大きく、「仮説1」のトラック運送におけるジェンダーギャップの存在や、「仮説2」の軽微な違反より重大な違反のほうがギャップが大きいという予想を支持している。
保有台数が10台まではHOS違反に男女間の有意差は見られなかったが、11台以上ではギャップが大きくなった。重大なHOS違反は「仮説3」を支持するが、重大な安全運転違反は支持しないという結果だ。同じく「仮説4」もHOS違反ではこれを支持するが、安全運転違反は支持しないという結果になった。
ELDの義務化が反映される2018年にHOS違反は大幅に減少し、「仮説5」の監視強化によりジェンダーギャップは縮小するという予想は正しいように思える。ただ、安全運転違反についてはやはり義務化後もオッズの変化が見られない。
これらをまとめると、ドライバーの労働時間に関しては運送会社としての取り組みや監視装置によって違反を少なくすることができるが、安全運転に関しては個人の資質によるところが大きく、制御がより難しいといえる。また、重大な違反には大きなジェンダーギャップがあり、女性ドライバーが違反を起こす可能性は男性より大幅に低いという結果だ。
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