FUSOの名はバスがルーツって知っていますか? ブランド誕生から90周年を迎えた三菱ふそうの変遷を振り返る

■戦後から高度経済成長期を支えた三菱自動車工業のトラック・バス

 ハナシは前後してしまうが、三菱では戦後~高度経済成長期までどのようなトラック・バスが製造されてきたのか見ていこう。

 戦後まもなく、民需へ転換することを余儀なくされた三菱は、各製作所でトラック・バスの生産が試みられていた。

 京都製作所では、かつて川崎製作所が開発したYB40型の図面を参考に、1946年に4トン積みKT1型トラック、同年、東京製作所では戦前に試作したCT20型を参考に、7トン積みT47型トラックが試作されている。

 ただ、KT1型は改良されKT2型も生産されたが1949年に生産中止、T47型においては量産されることはなかったとされる。

 いっぽう川崎製作所では、戦後のブランニューモデル第一号となるB1型の試作を1946年にスタート。まずB1型バスがつくられ、ガソリンエンジンの7トン積みB1型トラックが1948年に完成した。また1949年には改良モデルのB2型も発売。

 これらのトラックは現在のようなラダーフレーム構造は持ち合わせず、本格的にトラック製造が行なわれるようになる1950年以降になると他社との競争が激化し、専用フレームの開発が行なわれる。

 そしてラダーフレーム構造の8トン積みT31型トラックを1951年に完成させたのである(ショートホイールベースのT32型も後に追加)。またこれと別に東京製作所で同年、6×6の装輪駆動の特装トラック、W11型(4トン積み)も製作されている。

 主力であるT31型は、1955年にオールスチールキャブの8トン積みT33型へとモデルチェンジし、日本初のエアサスを採用したAT33型、1960年なると改良型のT330型と発展。

T31型の改良モデル、スチールキャブの8トン積みT33型ディーゼルトラック

 T330型は後にモデルチェンジやランナップの拡充が行なわれるが、60年代の早いうちからボンネット型は次第に売れなくなり、時代は今日のキャブ型であるキャブオーバー型へシフトしていく。

 三菱における初の大型キャブオーバートラックは、1959年登場したT380型である。そのわずか3ヶ月後には、ターボチャージャー付き220PSエンジンを搭載した11.5トン積みキャブオーバートラックT390型も登場している。

 いっぽう中型のキャブオーバートラックは1964年に登場したT620型、小型は1963年に登場したT720型、初代キャンターがある。

 また、日本初の小型バス、ローザ(車名はキャンターと同じく今日まで受け継がれている)は1960年に登場している。

1963年に登場した初代キャンター。今も使われているブランド名としては、ふそう、ローザに次いで古い

 日本の高度経済成長を支えた大型トラックのいわば「Tシリーズ」は、60年代後半になると高速道路の建設とともに大量輸送という時代のニーズにあわせ、新型V6エンジンを搭載した前2軸車(T910型)や、セミトレーラ・フルトレーラシャシーなど次々に投入していった。

 1973年のオイルショックをきっかけに終焉を迎えた日本の高度経済成長だが、奇しくも同年、大型のモデルチェンジが行なわれ、TシリーズはFシリーズへと世代交代したのである。

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