水素ならではの希薄燃焼で優れた燃費
この改造によって、もとの直噴ディーゼルエンジンから、ガソリンエンジンと同様のオットーサイクルかつマルチポート噴射による予混合気燃焼エンジンとなるものの、水素は燃焼速度が速いため、大きな空燃比(吸入空気と燃料の比率)によるリーンバーン(希薄燃焼)が実現でき、低負荷域での燃費が良いという特徴がある。
水素も燃やせばNOx(窒素酸化物)が発生するが、このクルマではベース車の尿素SCR(選択還元触媒)をそのまま使ってそれを浄化している。なお、水素を燃焼しても黒煙はほとんど出ないので、DPD(ディーゼル微粒子フィルター)は撤去している。
展示車両は、環境省の令和3年度「水素内燃機関活用による重量車等脱炭素化実証事業」において、実際の輸送業務(千葉~都内)に投入中の実証試験車である。運行担当の物流企業が保有するクルマ(フォワードFカーゴウイング・テールゲートリフタ付)を改造したもので、積載量は約1.9トン、航続距離は約200kmという。また、ベース車の全長を変えずに圧力70メガパスカル水素タンク×4本をキャブバックに搭載するため、荷箱のウイングボディも短縮改造している点は異例だが、いずれも実証試験車ゆえに積載スペックを追求していない事情によるものである。
軽油よりも高性能な水素ディーゼル
もう一つは、カナダのウェストポート・フューエル・システムズ(WFS)が出品した「H2HPDI」(High Pressure Direct Injection=高圧筒内直接噴射)で、昨秋開催のドイツ・ハノーバーIAA2022トランスポーテーションで公開されたばかりの新技術だ。その特許出願件数は1500にも及ぶ。
H2HPDIは、大型車用ディーゼルエンジンの燃料噴射システムと燃料供給系のみを交換して「水素直噴ディーゼル」を成立させるもので、既存エンジンとの違いは意外にシンプルである。このシステムは、ディーゼルエンジンを開発・生産しているトラックメーカーへのコンポーネント供給を目指しているが、現時点ですでに3社が評価を進めているという。
驚くべきはその内容で、ベースエンジン比で出力は最大プラス20%、トルクは最大プラス18%と優れた動力性能をもち、グリーン水素(再生可能エネルギー発電で水から生成した水素)利用なら燃料タンクtoホイールのCO2排出量は97%も削減できるという。総所有コスト(TCO)は燃料電池車(FCV)よりはるかに少なく済み、積載量や架装性も確保しやすいなど、商用車にとって魅力的だ。
液化した水素で熱効率50%超を実現
水素は、常温では気体で、体積エネルギー密度が低く、自己着火温度も軽油より高い。そこでH2HPDIでは、液体水素(体積エネルギー密度は気体の800倍)を燃料とし、燃焼室内への噴射時には、その初期段階に「火種」として微量の軽油も噴射することで、圧縮着火燃焼(ディーゼル燃焼)を成立させるのが特徴だ。
燃焼速度の速い水素は、ひとたび火種から着火すれば、燃焼室内にある水素が瞬時にきれいに燃えるので、高い熱効率(中負荷領域で50%超)が得られる。これが優れた動力性能をもつ理由である。
燃料噴射システムは、新開発の同心針弁インジェクタ(燃料噴射装置)とガスレール、H2制御モジュール(GCM)で構成され、ディーゼルエンジンの燃料噴射系の換わりに搭載する。インジェクタの噴射圧は最大50メガパスカルで、ディーゼル用の1/5~1/6程度に過ぎない。
なお、シャシーには電子制御ユニット、一体式ガスモジュール、ブースターコンプレッサ(タンク内の水素をさらに加圧する)、水素をマイナス253度の温度で液体のまま貯蔵できる断熱圧力タンクなどを搭載する。
FC EXPOでは、水素ディーゼル化したスカニア「DC13」型12.9リッター直列6気筒エンジンのカットモデル(IAAに出品したもの)を展示していたが、基本的にベースエンジンを問わず「水素ディーゼル化」が可能という。実際、同社が最初に製作したH2HPDIデモンストレーターは、ボルボFH4×2セミトラクタがベースである。
H2HPDIは最新技術だが、その前身として、液化天然ガス(LNG)を用いた直噴ディーゼル技術「LNG HPDI」がある。同じHPDIを名乗るだけあって、燃料は異なるものの軽油を火種に使う基本コンセプトはH2HPDIと同じもので、実際にボルボが大型LNGトラックモデルに採用している。
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