バケダンののろのろ行列
実は、10トンダンプに30トン積みなどというのは序の口である。高アオリどころか、アオリをさらにキャブと同じくらいの高さにしたダンプカー(僕たちはバケモノダンプを略して『バケダン』と呼んでいた)の場合には、40~50トン近い土砂あるいは砂を積んでいるといわれている。
バケダンの走るコースというのはある程度、限られていた。当時、建築ブームによってセメントに混ぜる砂の需要が急激に増え、川から採取する砂が足りなくなったのだ。。川砂が足りなくなると、海から採取した砂を水で洗って塩分を取って使うようになったが、その砂を千葉県内から運んでいたのがバケダンだった。当時からキャブと同じくらいの高いアオリで、積んだ砂が洗ったばかりなのか、水をボタボタ垂らしながら走っていたのが記憶に残っている。
海砂を適当に水をまいただけで「洗った」とした砂なので(コンクリートの耐用年数とも関係して問題になった)、毎日その砂積み続けると荷台は塩分でボロボロになるといわれ、端で見ていてもそんなに効率のいい仕事とは思えなかったが、そんなダンプカーが数台連なって山梨方面に向かって走っていくのに、よく出くわした。
なぜ連なって走っていたのか? それが、彼らが過積載の重量検査を逃れる手段だったのである。数台が連なって走る1~2キロ前を同様のダンプカーが1台走るのだが、このクルマが囮になるのである。まるで暴走族の下見役である。
囮のダンプカーが重量検査に捕まったとする。その場合、そのダンプカーは自分を犠牲にして、後方から来る仲間のダンプカーに無線で状況を連絡する。そうすると後方から来るダンプカーは道を変えたり、極端な場合はその場で止まってしまうのである。止まっていれば過積載の罪には問われない。 (山高一浩)