一刻も早い救援ルートの啓開に挑んだ東北地方整備局の戦い
特集『東日本大震災の救援・復旧を支えた「働くクルマ」と「サムライ達」の物語』の「パート2」は、『一刻も早い救援ルートの啓開に挑んだ東北地方整備局の「サムライ達」の戦い』です。自動車の受け皿は、いうまでもなく道路ですが、道路が通じていなければ、緊急車両も入っていけず、救援物資も運べません。そのことを誰よりもよく知っているから、国土交通省東北地方整備局の動きは迅速でした。1車線・緊急車両のみの通行でもいい、とにかく救援ルートを開くことを「啓開」といいますが、あの東日本大震災の大混乱の中で、ズタズタになった道路網の啓開に挑み、次々と救援ルートを開いていった、「くしの歯作戦」と称する東北地方整備局の道路啓開のオペレーションは、めざましい成果をあげました。震災当日に作戦を立案し、初動を立ち上げ、わずか1週間で97%の道路を啓開したその舞台裏には、さまざまな人間ドラマが隠されていました。
また、国土交通省の大畠章宏大臣から、『第一に人命救助。続いて輸送路の確保。予算は考えないでいいし、国交省の所管にとらわれなくてもいい、局長判断で考えられることは全部やってほしい』という明確な方針を伝えられたサムライ達は、被災者救援に向けて、その能力をいかんなく発揮します。被災し音信不通となっていた首長に衛星電話を届けてホットラインを結び、さらには被災者のニーズにきめ細かく応えるために物資の調達班まで設けて緊急支援物資を届けます。つまり被災者の「御用聞き」役に徹し「やれることは何でもやる」、それが東北地方整備局の一貫した姿勢でした。そこには、世間でいう「お役所仕事」のイメージはみじんもない…、このサムライ達の功績をもっともっと世間の人達に知ってもらいたいと思っています。
もちろん、この「パート2」では、東北地方整備局や応援の地方整備局が保有している拡幅型対策本部車、待機支援車、伸縮ポール式照明車、排水ポンプ車、さらに衛星小型画像伝送装置などの装備の活躍ぶりも紹介します。お楽しみに! (キャップ)