被災地に赴く

被災地に赴く

長野市のトラックドライバーである麻呂さんが、岩手県久慈市まで救援物資を届けた際の3月20日付のブログをご紹介します。
主に東北方面を走っていたので、帰り荷として三陸の鮮魚・水産物を積むことも多かったそうですが、幾度となく行き来したエリアの惨状に大きなショックを受けたそうです。でも、麻呂さんが見たもの感じたものは、それだけではありませんでした…。 (キャップ)

 

発信地  岩手県紫波郡紫波町
行程   長野県須坂市から岩手県久慈市
積載物品 支援物資
状態   完了・空車回送中

須坂市からの依頼で岩手県の久慈市に物資輸送で行ってきた。

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積み込みに向かう前に、
須坂市が用意してくれた帰りの燃料400リッターを積む。
ちなみに提供じゃない。運賃相殺。

 

須坂市役所には多くの物資が集められ、
老若男女入り混じって仕分け作業をしていた。
中学生のボランティアも。

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このように箱ごとに品物を分けたり、
複数種入ったものに内容量を記入してある。

主な内容としては毛布、タオル・バスタオル、使い捨てカイロ、
石鹸、軍手、オムツなど。

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都道府県警察から、災害時緊急用道路を通行するための
許可証が発行される。

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かつて麻呂号に積んでいた湯沸しポットを引っ張り出してきた。
会社でおにぎりやパン、カップラーメンを用意してくれた。

その他天然水6リッターと、
悪くなる心配のない菓子類を購入。

食料を入手するのは困難だろうし、
あったとしても外から来た俺が消費するわけにいかない。

15:30ごろ出発して、全線高速で被災地に向かう。
磐越道・津川ICから先が災害時緊急用道路、
一般車は通行できない。

 

猪苗代を過ぎたあたりから、
陸橋や橋など、土台がコンクリートの部分と
盛り土上のアスファルトとの境目が大きな段差になってきた。

 

中越地震のときもそうだった。
北陸道はジャンプ台の連続だった。

 

東北道に合流してから白石あたりまで、
だいぶ路面が傷んでいた。

岩手県に入るころになると随分ましになったが、
油断していると突如天高く舞い上がるので
暗闇に目を凝らして、だいぶ神経を使った。

 

二戸Pで仮眠して朝を待った。
高速を降りた先の状況がわからないので、
暗いうちに被災地に降り立つのを躊躇したからだ。

 

夜が明けて、九戸ICから一山超えて久慈市に入る。
道は至ってまともで安心する。

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久慈市役所到着。実は画像は降ろし終わった後なんだけど。

 

市の職員さんや、消防の制服の方もいらした。
ジャージの中学生も来てくれていた。しかしなぜか女の子ばかり。

 

おいおいこれから荷物降ろすんだぜ?重たいよ?

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しかしこの子らが元気!
毛布の詰まった大きく重い箱でも二人一組でテキパキ運んでしまう。

 

「オムツはー!?」
「こっちー!」
「とどかなーい!よいしょ!」
「いえーい^^」そしてハイタッチ。

彼女らにも、職員さんにも、活気と笑顔があった。

 

彼らは、どうなるかわからない未来の、
「光の指す側」を見ている。
荷を降ろし終わって、
久慈漁港のほうをちょっと見てきた。

 

来るまでは、
現実に起こっていることをこの目に焼き付けたい、
この目で見てきたことをありのまま伝えたい、
そんなことを考えていた。

 

港周辺をほんの少し回っただけだが、
家屋の倒壊などは多くは見かけなかった。
しかし津波で浸水したであろうと思われる箇所は広い範囲に及んでいた。

 

漁港の前の通りまで行くと、
倉庫からトラックが横倒しに生えていて、
水産問屋の事務所内に机と並んで軽自動車が裏返しに転がり
漁船が真っ二つに割れていた。

もういいだろう。

悲惨な光景は連日の報道で充分だ。

写真を撮ろうという気にもならなかった。

 

報道は見た目にもわかりやすい、被害の大きいところにばかり群がる。
比較的被害の大きくなかった地域は取り上げられにくいと感じる。

 

それが物流や救助・支援に影響を与えることだってあると思う。
茨城県北部がそうだった。

漁港周辺の人々はみな疲弊していた。
絶望感を隠せない様子が見て取れた。
水に浸った冷蔵庫からリフトで製品を取り出しては
次々と疲れた顔で処分していた。

しかし不思議と笑顔を見て取ることが出来た。

そりゃあ成す術がないのだから、笑うしかないのか?
それだけじゃない。

彼らからは「生きよう」という意思が感じ取れる。

胸が熱くなる。
東北の人たちは強い。

かつて、太古の昔、
東北は「蝦夷」と差別され、大和朝廷に抑圧されてきた。

苦難を乗り越え、困難に立ち向かい、
助け合い支えあって生きようとする能力、その意思を
彼らは潜在的に持っている、と俺は思っている。

東北の人々はみな個性的で魅力的で、
そしてみな一様に優しく、暖かい。

美しい心を持つ天使の様な人々だ。

市役所で出会った人たちに、
この辺は被害はどうでしたかだとか、頑張ってくださいみたいな話を
俺は結局しなかった。

被災者はみな、懸命に生きている。生き延びようとしている。
他人の感傷の言葉などなんの役にも立たない、
そんな風に感じてしまったからだ。

 

やっぱり俺は東北が大好きだ。
そこに生きる、美しい心を持ったみちのくの人々が大好きだ。

彼らが今生きている、生き延びようとしている。
その事実こそが、俺にとって何物にも代えがたい無上の喜びだ。

あなた方を今

日本中が応援しています。

 

以上が、麻呂さんの3月20日付のブログからの転載ですが、あらためて麻呂さんからメールも頂きましたので、その一部をご紹介したいと思います。

私は主に東北方面を走っていましたし、帰り荷として三陸の鮮魚・水産物を積むことも多かったので、幾度となく行き来したエリアの惨状に大きなショックを受けています。
しかし被災者の笑顔、生きようとする不屈の精神力に強く胸を打たれ、被害を免れた我々が感傷に浸っている場合ではないと思うようになりました。

最後に
現地への物資輸送だけが支援ではありません。
非常時でも「普段あるものがそこにある」状態を可能な限り維持するのが我々の使命と考えます。
今こそ全国のトラッカーが団結・結束すべき時です。

我々こそが、本当の意味での「生きたライフライン」だと思っています。

麻呂さん、ありがとうございます。キャップもまさにその通りだと思います。

この「フルロード」のブログでは、被災地の救援と復興を支えるトラッカーを精一杯応援していきたいと思っています。
麻呂さんのように被災地に救援物資を届けてきたトラッカーの体験談、あるいは被災地で懸命に頑張っておられるドライバーの思い、あるいは、そんなトラックドライバーに一言お礼が言いたい、といったことでも構いません、何でも結構です、お気軽にメールして下さい。メールアドレスは、
oishi@fullload.jpです。画像を添付していただくと嬉しいです。どうぞ宜しくお願いします。

麻呂さんのブログ「大貨・大特進入禁止」のURL http://ameblo.jp/brainjunk/

 

 

 

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