「ミキサー車を開発したのは桜井眞一郎である」は間違いです!
先週の金曜日、KYB(カヤバ工業)の熊谷工場に行ってきました。10月22日の「ナニコレ珍カッケー~!」でご紹介したように、ここには、国立科学博物館が日本の科学技術の発展を示す貴重な資料として「重要科学技術史資料」(愛称:未来技術遺産)に認定したハイロー型コンクリートミキサー車があるんですね。工場の正門を入って右手に、ハイ、ありました!ありました! 灰色に塗られたハイロー君が……。ちなみに灰色だからハイローじゃなくて、ハイクオリティ・ローコストの意味なんですね。シャシーは、やはり日野のボンネットトラックで、保存の程度は「良」もしくは「並」といったところでしょうか。ハイロー君の前には椅子が4脚ほど置かれています、おそらく工場の昼休みなどには、ハイロー君の前で憩う人達がたくさんいるんでしょうね。
同社では、1953年から37台を米国コンクリートトランスポートミキサーズ車から輸入し架装。1955年からは国産化し、合計2512台が生産されたそうで、このハイロー君もそのうちの1台。強制撹拌方式のハイロー型ミキサー車の全盛は、しかし1964年の東京オリンピックの年を境に終わりを告げ、今日の傾胴型ミキサー車に移り変わっていきます。ちなみにKYBは、今日では日本国内のミキサー車の約80%を生産するトップメーカーです。実は、この熊谷工場を訪れたのは、「フルロード」第5号の「働くクルマの大図鑑」の取材なんですが、ミキサー車。メッチャ面白いです! トリビアがいっぱいです! だいたい物を加工しながら運ぶトラックって他にあんまりないじゃないですか、いろいろ目からウロコの話がたくさんあります、どうぞご期待ください!
ところで、このKYBでも話題になったのですが、「ミキサー車を発明したのは桜井眞一郎である」という話がネットでまことしやかに伝えられています。どうも出処は「ウィキペディア」らしいのですが、その情報を鵜呑みにした人が再びそう書き込み、どんどん拡がってしまって、今ではそう思い込んでいる人が大多数になっているようです。でもコレ、間違いだと思います。
実は先日、今では空港用車両メーカーとして知られる犬塚製作所にお邪魔して確かめてきたのですが、特装車のパイオニアとして知られる同社が1951年に磐城コンクリート工業と共同で開発した車両が日本初のミキサー車といって間違いないようです。「スカイラインの父」と呼ばれる桜井眞一郎氏ですが、氏の功績はあまりにも大きいものがありますが、「ミキサー車を発明した」というのはちょっと誤った伝説ではないでしょうか。ミキサー車に造詣の深い人やメーカーに聞いても、「そんな話は初耳です」という答えが返ってくるので、この際、誤りを正したたほうがいいかもしれません。いずれにせよ、そんなミキサー車のあれやこれやを集大成した次号の「働くクルマの大図鑑」、取材は快調に進んでいます、といっていいのかな(笑)。
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