負のトラック遺産「過積載」を振り返る
最近は取締りが厳しくなったせいか、だいぶ沈静化しているようだが、僕が運転手をやっていた頃は、過積載が始終問題になっていた。もちろん他人事ではなく、自分でも「こんなに積んで大丈夫なんだろうか?」と思うほど荷物を積んだことは何回もあったし、それが原因かな?(あくまでも『かな?』ということにしておきたい)と思う事故を起こしたこともあった。何でそこまでして荷物を積むのかと思うかもしれないが、『過積載』によって日本の物流のバランスは保たれ、物価は安定し、運転手(特に歩合制や個人持ち込みの)の生活は成り立っていたのである。僕は大声で言いたい。(ちょっと大げさですが)「当時、過積載は必要悪であり、これについては社会全体がそれを認めていたのである」。僕が運転手時代に見た、笑うに笑えない過積載の実態について少し紹介したいと思う。
僕が主に仕事をしていた印刷と建材の運送業界は、どちらも過積載の常連のようなところだった。運ぶものは『紙』と『建築用資材』(主に石膏ボード、軽量鉄骨など)だったが、どちらもずっしりと重さのある代物だった。この他では、過積載の常連・大型ダンプ、原木輸送などが、『積めるだけ積む』を実践しているといえるだろう。
僕が見た中では、石膏ボードを積む運送会社がすごかった。僕たちはよく冗談で、「Y運輸(その石膏ボードを運んでいた運送会社)の名前が記入された瞬間、そのトラックは自分の人生をあきらめる」とか、「G運送(同じく石膏ボードを運ぶ運送会社)では、トラックの車検をやったことがない」(車検がくるまでにトラックがダメになるから…)などと噂していたが、それが一概に冗談とばかりは言えなかったのである。実際に、そうした会社のトラックはボデーの下に太い補強材が入れられていたし、タイヤの空気圧はいつも最高にしてあった。それでも、荷物を積んで走っているのを見ると、タイヤはイヤッというほどひしゃげていたし、タイヤハウスとくっつかんばかりなのだった。 (山高一浩)