遅咲きの我が家の梅も見頃を迎えています。
この時期というのは、たとえば「梅の花がほころび始めた」とか「斎藤 佑樹、いよいよ始動!」とか、あるいは「歩き始めたみいちゃんが 赤い鼻緒のじょじょ履いて おんもへ出たいと待っている」とか、言ってみれば「ビギニング」の季節なんですね。すなわちトラックでいえば、アイドリング状態。しかし、この春を待つ心だけは、誰にも「アイドリング・ストップ!」なんて言わせやしないぜ!と言いたいくらい、今の季節「春よ来い」の思いは誰の心にも強いと思います。
思い起こせば1年前のことでした。トラックの業界誌を発行しトラックの展示会を主催していた前の会社から解雇され、文字通り途方に暮れていた若い仲間たちと共に、「業界誌でもないデコトラ誌でもない、どこに出しても恥ずかしくないような本物のトラック雑誌をつくろう」と、新会社の設立に動き始めたのは……。
今では笑い話ですが、我々の解雇の経緯は、それはヒドいものでした。業績の悪化を理由に社員5人全員が解雇されたわけですが、会社は18年間勤めた人間に対して退職金ゼロはおろか、1カ月分の一時金を支払うのも出し渋る始末。でも、実はこんなのは序の口でした。たとえば、我が社のビッグボーイこと永沼君は、社長から「お前みたいに図体がデカいだけの能無しは土方でもやればいいんだ。今回の機会は、むしろ本人のためだ」と罵られるし、私にしても、「大石がオレに反旗を翻すようなら(すなわちトラックの雑誌をつくるというなら…)叩き潰してやる!」と公言する始末で、まったくの会社都合による解雇なのに、「済まない」の一言もなく、笑っちゃうくらい高圧的で一方的な後味の悪い解雇劇でした。
差別用語を平気で使うような人間に罵倒され、しょせん「トカゲの尻尾」扱いされた我々ですが、一寸の虫にも五分の魂、このまま負け犬で終わってたまるか、という気持ちでいっぱいでした。しかし、会社を立ち上げ新しい雑誌をつくるにしても、資金も手立てもなく、本当に自分たちの夢だけを頼りに春の到来を待ちわびる毎日が続いていました。そんな時に慰められたのが、かすかにふく郁と香る梅の花でした。厳寒の中、ほころんだ一輪の梅の花には、きりりとした高潔さが感じられました。そのとき思ったのです、解雇にまつわる嫌な思いにいつまでも拘泥していては駄目だ、もっと志を高く掲げて高みを目指そう……、それが我が社にとっての本当の始まりだったと思います。
我が社の社名「好文舎」の好文は、文(学問)に親しむと開き、学問を怠ると花が開かなかったという梅の異名である好文木に由来します。この中国の故事が、あるいは「上品」が花言葉の梅の花が、無骨なオトコ所帯の我が社に似合うか似合わないかは置くとしても、梅の花の咲く頃、私たちは「あの頃」の初心に立ち返って、いつも「ビギニング」の気持ちを忘れないようにしたいと思います。 (キャップ)