元ベテラン運転手 トラさんの「泣いてたまるか」No.115

元ベテラン運転手 トラさんの「泣いてたまるか」No.115

追想記(消えた道 其の十一)

「もう話した通り、あの時、私は最低の精神状態だったの。そんな時あなたと出会って、キャンプ中、そしてそれからしばらくの間、私の恋人だったわ。それがどんなに心の支えになったかしれないのよ。でも、同時にあなたの気持ちが本物だったかどうかが凄く気になっていたのね。ひょっとして、私の体だけを求めている優しさだったり気遣いではなかったのかなんてね。
でも、その気になっていたことが、今日十年ぶりに会えて良かった。あの時の気持ちが本物だってわかったから。あの時、私自身のことを話した裏には、その事も含めて受け入れてもらいたいと言う気持ちがあったと思うの。自分では意識していなくても、ただ聞いてもらいたいだけじゃなくてね。わたしね、男性運の悪い女なのかもしれないなんて、あの当時は思っていたフシがあるの。だから、あなたと出会えて、何となく自信めいたものがついてきたの。それが、あなたのような人……。
離婚しても直ぐには男性に心が許せなかったのよ。だから、再婚はずっと後のことだけど、いつも、その気を見せる男性を、あなたと比べていたのよ」
ニコッと微笑んで、私の顔を見た。が、直ぐに続けた。
「話を聞くだけの人はたくさんいたの。でも、その場で直ぐに自分の意見を言える人は少なかった。あなたは、たとえ見当違いであっても、私の気持ちに沿った、自分の意見が言えたわ。共に考えてくれる人…… それがあなたのイメージだったのね。よくね、黙って人の事を聞く耳を持つ事が大事なんていうけど、私はそうは思わない。だって、黙って聞くなんて人は、懐の深さを感じたりするけど、何を考えている分らないじゃない? 一方通行で、その何て言うのか、自分の想いを共有できてないと言うか、共感してもらえないと言うか、そんなにしか思えなかったのね。そして、やっと今の主人に巡り合えたの」
一息ついたが、まだ何か話したそうだった。その人の言葉を待つより、誘う言葉を出した。
「自分でこんな言い方をするのは何ですけど……。つまり、オレのような男性が見つかったというわけですよね」
また、ニコッと微笑んで、すぐに返事をしてきた。
「そうなの。だから、今の主人に対する判断は間違いなかったけど、あの時のあなたの気持ちが本物だったのかどうか、それが気になっていたの。もし、あなたのあの時の気持ちが偽物だったら、今の結果が良くても、判断材料が間違っているとしたら、やっぱり不安になってしまうから……。でも、今日はありがとう。会えて良かった」
その表情には、私に言い聞かせたという事と、真意を伝えたかったという二重の意味合いがあった。と、うかがわせた。
そして、自分のよこしまな気持ちが急速に萎え、恥ずかしさが込み上げてきた。

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