元ベテラン運転手 トラさんの「泣いてたまるか」No.110

元ベテラン運転手 トラさんの「泣いてたまるか」No.110

追想記(消えた道 其の六)
 

だが、その満足感の表情は内面から出てくるもので、顔そのものが輝いているという訳ではない。眼には当時の懐かしみを漂わせ、同時に何かを確かめたかのような雰囲気があった。
私は、思い出話の中で、一つ気が付いていたことを言った。
「お互いに、自分が言ったことやしたことは、案外覚えていないものですね。でも、してもらったことや言ってくれた言葉ばかり覚えているのが不思議ですね」
すぐにうなづき、相槌を打ってきた。
「あなたもそう感じていたのね。私もそれを今思ってたの。そしてね、あなたに何故あの時、惹かれてたのか、それもはっきりしたわ」
と言って、ニコッと微笑んだ。私は、惹かれていたという言葉にドキッとさせられ、胸の鼓動が激しくなった。そして(オレは、目の前の10年前のその人に、どんな思いだったのだろうか?)と、改めて考えさせられた。
「あら、惹かれていたなんて、迷惑だった?」
考えごとをしている私に向かって、微笑みながら遠慮気味に出した言葉が心地よく耳に届いた。そして、最後の夜のことが浮かんだ。
「いえ、迷惑なことじゃありませんよ。10年前の自分の気持ちをおさらいしていたんです。それで、あの最後の夜に待ち合わせした時、先に来ていてくれたのは、その…… 何と言うか…… 期待感のある本物の気持ちだったんですね」
コクリと頷いたのと同時に言葉が自然につながって出た。
「期待してたのよ。ふふふ……。こんなこと言えるなんて、わたしも遠慮のないおばちゃんになってるわね。ふふふ……」
自嘲を含んだその様子に、慌てて言葉を繋いだ。
「いえ、とんでもない。今でも清楚で美しいですよ。実は、惹かれていたという言葉に胸が高鳴っていたんです。それで、惹かれていた理由がわかったって言いましたけど、それを教えてくれませんか」
その人の頬に紅が差した。が、同時に、眼には一瞬戸惑いが浮かんだ。そして、それを自分で覆い隠すかのように、幾分毅然とした態度で話出した。
「私があなたにした気遣いのことは、実は、私自身があまり覚えてなかったのよ。それもそのはずで、聞いているうちに、前の主人にしていたことを、自然にあなたにしていたの。そしてね、今の主人にもしているのよ。特別な人に対する気遣いを、あなたにもしていたの。それで、わかってもらえると思うけど……」
そう言って、私の目を見つめている。わかりやすい説明だが、肝心なことが抜けている。
「つまり、キャンプの間は、オレはあなたの特別な人だった、ということですよね。でも、なぜ惹かれたのかはまだ……」
「そうね。あなたも自分の言動を覚えていなかったわ。最初、あなたに感じた、穏やかな雰囲気で包容力がありそうな人。そのイメージで、この人と一緒にキャンプを過ごしたいと思ったまでは、インスピレーションの段階だった。でも、何気なくしてくれる気遣いが、他の女性とは違っていたの。何の違和感を感じさせることなく、気遣いのできる相手。それは、お互い様だったと、今日改めて思ったのよ」
そう言って、また私の眼を覗きこんだ。
だが、もう少し説明が欲しかった。何かが足りない気がしてならなかった。
「自分の言動を覚えてなかったのは、お互い様だけど……」
即座に返事が来た。
「つまりね、自然に相手に気遣えるということは、私にだけじゃなく、またあなたにだけじゃなく、誰にでもできる振る舞いだということだよね? でも、特別な感情を持った人には、無意識にそれだけの気遣いをしてしまうものよ。わかるでしょ?」
言いたいことはよく理解できた。
「つまり、オレもあなたも、お互いを強く意識していたということですね」
自分で言葉を出しながら、ある種の不安が芽生えていた。こんな会話を人妻としていいのだろうか? まるで、お互いの愛情確認ではないか……。

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