追想記(消えた道 其の二)
近づきながら、当時の懐かしさでいっぱいになり、そして、中途半端で終わった別れのホロ苦さがよみがえっていた。次第に距離が縮まるにつれ、そのほろ苦さを埋めたい気持ちになってきていた。
「お久しぶりです」
「本当に……。会社替わられたんですね」
その人は、トラックに視線を向けながら言った。当時の会社を教えていたので、それを覚えていてくれたに違いなかった。
「ええ、あれから間もなくして辞めたんですよ。ところで、あなたは?」
「わたしも、別の会社に移りました」
「ははは、じゃあ、お互い様ですね。ところで、このトラステには食事ですか」
「ええ、あのキャンプではトラック関係の方が多かったでしょ?。あなたもそうだったしね。それで、何となく懐かしくて来てみたんです。それが、まさかそのあなたとバッタリなんて。今でも信じられないくらいなの」
目を見開き、顔で表情を作りながら、心から驚いた調子で言った。
だが、今日は平日なのに……。
平日の今日、お休みですか」
その人は、ニコッと笑って答えた。「有休をとったんです。土日だけだと、主人や子供がいるから、休んだ気分になれないから、時々平日にゆっくりしたいのよ」
なるほど、働きながらの主婦業では、休んだ気分にはなれないのだろう。そう言えば、キャンプ地での愚痴不満は、家庭での忙しさや、手伝ってくれないご主人の事が多かった。
じゃあ、食事くらいご一緒しましようか」
その人は、軽く応じてくれた。
レストランに向かって歩き出すと、当時の想いがすぐによみがえってきた。が、何故だか、あの時のように横を歩くその人の、手や肩に手が伸びなかった。何故だろう? と、考えたが、咄嗟には思い浮かばなかった。
だが、雰囲気は悪くない。当時の満たされない思いが、食事の間の口説き言葉を探し、その後の予定までも頭の中に組み入れていた。この新潟で、唯一知っているラブホテル、それは、萬代橋のたもとにあった。今もその道を通って来たばかりだ。
当時の黒埼のトラックステーションのレストランは、右側にカウンター席があり、左側は畳敷きになっていた。私たちは、一番奥の座敷席に陣取った。幸い、12時前で客が少なかったから、どこでも座れた。席について、ランチを注文した後、早速お互いの近況報告が始まった。最初に質問したのは私だった。
「あの時、家庭のことを随分聞かされましたけど、ちょっと心配してたんですよ」
その人は、すぐに答えてくれた。
「あの時は、聞いてくれてありがとう。何となくあなたの雰囲気が良くて、聞いてもらって良かった。随分気持ちが楽になったわ。でも、長続きしなくて別れたのよ。気にしてくれてありがとう」
嬉しそうに言ったその人の言葉に、気分が良くなった。
「いえ、とんでもない。あなたの話を聞くのが、私の方こそ頼られている感じで嬉しかったんです」
当時の気持ちとしては、偽らざる心境だった。
「それで、今は違う方と再婚ということですね」
立ち話での会話を思い出しながら言った。
「ええ、そうなの。今は、それで良かったと思ってるのよ」
「幸せなんですね」
素直に感じたままを言った。その人は、黙って微笑みながら頷いた。そして、おもむろに口を開いた。
「あの頃ね、わたし、精神状態が最悪だったの。それを、あなたに話を聞いてもらい、周りの雰囲気で救われたの。それで、その事を思い出してここに来てみたの。本当に、まさか、あなたが現れるなんて! まだ、信じられないくらいなの。偶然ってすごい。それで、あなたの方は?」
それから、私の近況をかいつまんで話した。話終った頃に、数人の客が一度に入ってきた。客が込み合ってきている所に、二人だけで座敷席を陣取っているのが気が引きてきたので、その人の顔を見ると、席を立つことを促していた。
結局、誘いの言葉を出す雰囲気にはならなかった。その後、休憩所に行ったものの、そこには人がいて、テレビがついているものの、話が筒抜けになりそうなので、コーヒーだけでそこも出た。
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