九段の坂
さてそんな理由のほかに、僕が雪道を走らなければならない大きな理由がもうひとつあった。信じられないような話なのだが、その建材配送専門のМ運輸には、実はチェーンが無かったのである。無かったというのには語弊がある。正確には、揃っていなかったというほうが正しいのかもしれない。![]()
大型一台、4トン二台、2トンが七台あったのだが(多少の変動はあったが)、それに対してチェーンは大型用一本、4トン用が二本、2トン用が二本しかなかった。だから前もって雪が降りそうなところに行くという場合には交代でチェーンを積んで行くのだが、都内全域が雪になったような場合にはお手上げである。
詳しい日時は忘れたが、午前中は曇だったのが昼過ぎから雨になり、それが夕方から激しい雪になったことがあった。仕事が終わったトラックが帰ってくる時間だったのだが、千葉市内に荷物を持って行ったダンサー(土曜の夕方になるとビシッと着替えてナンパに出かけるのでこう呼ばれていた)のトラックが、武道館前の九段の坂の途中で立ち往生してしまった。「チェーンがないんです。助けに来てくださいヨゥ」という連絡が入ったとき、事務所には僕とガミさん(お馴染みの一番エライ運転手)しか居らず、しかも僕のトラックには次の日配達する荷物が積まれていた。「まったく、雪のことを考えて坂を走らないように、外堀通りを走って来るっていう頭はないのかね」とガミさんはブチブチ言っていたが、放っておくわけにもいかない。しかし、会社にはサビついたチェーンが、それも片方あるきり。
仕方がないので、僕が巻いていたチェーンをはずし、それを袋に詰めて地下鉄に乗り九段下まで行って、ダンサーのトラックにチェーンを巻いてやっとの思いで帰ってきた。地下鉄は帰宅のラッシュ時で、ガミさんと二人「何でオレたちがこんな思いしなきゃならないんだ」と、ものすごく恥ずかしかったのを覚えている。(山高一浩)