■EVトラックの実用化にむけ、テスラは新型バッテリー「4680」を発表
『セミ』の性能に関しては、モーターが独立しているためそれぞれにトラクションのコントロールが可能で、これが空車状態で0~60mph(0~96.5km/h)までの加速が5秒という高い加速性能をもたらすという。
とはいえ、それはトラクタヘッドのみの場合で、フルロード(8万ポンド、約36トン)のトレーラをけん引しての0~60mph加速は20秒とのことだから、過剰な性能とはいえない。むしろ空車/定積によって大きく変わる大型車の操作感を制御する上でのメリットが大きい。
EVの性能は、大部分がバッテリーの性能に依存するのはいうまでもないが、特に大型車の場合、バッテリー自体のコストと重量がかさみ、現実的ではないという指摘がついてまわる。これに対して、テスラでは技術革新が続く分野でもあり、新型バッテリーセル「4680」により大きく変わったと主張する。
容量あたりのコストを下げるには円筒形のセルを大径化すればよいが、発熱が増え、冷却もむずかしくなる。「4680」では電極に繋がったタブと呼ばれる部分を廃止し、セル上部を全て電極とした。このタブレス構造により発熱を抑えたことで、エネルギー密度と出力を大幅に向上しつつ、コストは半分以下になるという。
ちなみに「4680」は、セル単体の直径46mm、長さ80mmというサイズを表しており、乗用車の『モデル3』などに搭載する「2170」と比較すれば2倍以上に大径化していることがわかる。
従来のEVではセルを束ねてモジュールとし、モジュールを組み合わせてバッテリーパックとする構造が多かった。これにはバッテリーの不良や故障時に交換しやすいというメリットがある。
一方で、セルを芯材とするサンドイッチ構造で強度を確保すれば、バッテリー自体をシャシーの構造材とすることができる。バッテリーがフレームを兼ねるので、大幅な軽量化ができるのがメリットだ。
セミ・プロトタイプの第2世代(と量産車型)で採用されているかは不明だが、テスラおよびイーロン・マスク氏はバッテリーをシャシーの一部とすれば重量の問題は解決すると説明している。
■長距離の運用には課題があり、用途は近距離輸送 や看板需要に限定か ?
『セミ』の運転席は極めて未来的かつシンプルで、メーター類はなく、すべてタブレットPCのようなタッチパネルモニターで操作・確認するようだ。
ただ、自動運転機能の「オートパイロット」については、運転の主体はドライバーにある部分的な自動運転となる。同等の機能は2018年発表のベンツ『アクトロス』をはじめ最新世代のトラックでは珍しいとは言えなくなった。総合的に見ると、当初「現実的ではない」と言われた部分も、2021年の現在では充分に実現可能なものになっている。
では、『セミ』はトラックドライバーにとって魅力的なトラックであろうか? 北米のトラックドライバーは、自らトラックを購入し、ブローカーなどから仕事(荷物)を取ってくる「オーナー・オペレーター(O/O)」が多く、カンパニードライバー(企業に所属するドライバー)がほとんどの日本の状況とは異なっている。そのため、「セミ」がトラックドライバーに支持されるかどうかは非常に重要なのだ。
『セミ』が現実的な選択肢のひとつになるかというと、用途はかなり限定されるため、汎用性を求めるO/Oには厳しいかもしれない。
OTR(Over the Road)と呼ばれる北米の長距離輸送は、1航海が1カ月に及ぶこともごく普通にあり、トラックは文字どおり生活の場でもある。比較的シンプルな造りで、スリーパーキャブをもたない『セミ』で長距離輸送を担うのはキツいだろう。
航続距離の問題もある。『セミ』はMAXで800km走れることを謳っているが、けん引する荷物の重さや道路状況などを勘案すれば、ドライバーにとっての“安全圏”はせいぜい600kmといったところだろう。しかも、それは行き先に充電ステーションがある場合だ。
テスラは充電ステーション「スーパーチャージャー」の整備を進めているが、大型トラック用としては力不足で、EVトラックを30分で充電できる「メガチャージャー」を構想している。ただし、こちらの整備はほとんど進んでいない。
実運用を考えると、充電設備が整備されていない段階では、『セミ』は決まったルートを走ること以外に道はなく、いわゆるリージョナルトラックと呼ばれる、比較的近距離の地場トラックとしての用途が想定される。
一方、車両価格がアメリカントラックとしては高額なので、移動距離当たりのエネルギー消費の低さを活かすためにアップタイムを向上することも、生産財であるトラックとしては重要だ。
これらを勘案すると、物流量を確保できる大手企業のカンパニードライバーで、拠点間など短距離の決まったルートを走る用途が想定される。
『セミ』に関しては、大手スーパーの「ウォルマート」や「ペプシコ」などが導入すると伝えられているが、当面は、「弊社では環境にやさしいEVトラックを使っています」をアピールする、いわゆる“看板需要”に限られるのではないか。
乗用車と異なり、トラックはドライバーのみならず、運送事業者や荷主の意向も勘案しなければならず、荷物の状況、運行ルート、道路状況など、さまざまな要素を考慮して成立するクルマである。
既存のトラックメーカーには、そのための技術やノウハウの蓄積がある。果して「ぽっと出」の新興メーカーに「百年に一度の大変革」をリードするポテンシャルがあるか、注目である。