デカくてゴツくて近寄りがたい……、世間一般の人たちが抱いているなんだかコワ~いトラックのイメージを払拭したくて、トラックマガジン「フルロード」では毎号テーマを決めて現役のドライバーさんが綴った「トラックドライバー通信」を掲載しています。
トラックはあくまでも人間が運転するもの、それを教えてくれる「トラックドライバー通信」ですが、中にはちょっと心温まるエピソードも……。今回は、ハンドルネームからも子煩悩ぶりが伝わってくる「渚・涼のパパ」の話を紹介します。
文/渚・涼のパパ 写真/渚・涼のパパ&フルロード編集部
*2021年9月発売トラックマガジン「フルロード」第42号より
ムラちゃんがくれた扇風機
今から20年前、私は東大阪の運送会社で、大型トラック運転手として長距離から地場まで走る「フリードライバー」として働いていました。その運送会社は、日勤、夜勤、路線便など、得意先によって、出勤時間も退社時間もバラバラで、同じ会社の社員なのに何カ月も会わなかったり、知らないうちに新人が入社していたり、気づかないうちに退職していたり、人の出入りの多い運送会社でした。
その会社に、私と同年代のドライバーで、「ムラちゃん」と呼ばれているヤツがいました。自然に私も「ムラちゃん」と呼ぶようになり、会社で会えば他愛のない話をする。時々、携帯電話で話をする、その程度の関係でした。
ある日、会社の車庫でムラちゃんが、他のドライバーとしゃべっているのが見えて私が手を挙げると、わたしに近寄ってきて、「トラックで使っていた扇風機を新品に買い替えてん。今まで使っていた扇風機いる? まだまだ動くでぇ!」と言うので、「ちょうど扇風機を買うつもりやってん。ちょうだい! 助かるわぁ」と返事をすると、ニコッと笑い、その場でミニ扇風機をくれました。
仕事終わりに、さっそく自分のトラックに取り付け、動かしてみると元気に羽根が回り、強弱の切り替えスイッチもついており、夏場の待機時には重宝しました。それから1年ほど過ぎたある日、他のドライバーから「ムラちゃんが体調が悪くて仕事を休んでいるらしい」と聞きました。私は「元気者のムラちゃんやし、すぐに戻って来るやろう」と軽く考えていました。
しかし2週間が過ぎ、1カ月経ってもムラちゃんは出勤せず……。私は、ムラちゃんと仲が良かったドライバーを捕まえて事情を聞くと、渋々ながら「アイツ、ガンらしいで。結婚したばかりで、子供もできたばかりやのになぁ。かわいそうに」なんて言うのです。私はショックで、言葉を失ってしまいました。それから、ムラちゃんに連絡しようとしたものの、なんて声をかければよいかもわからず、時間だけが過ぎていきました。
再会、そして突然の別れ
そして、2カ月ほど経ったある日「ムラちゃんが仕事に来ている」との連絡を受け、すぐに連絡を入れ、「体調どうや? 無理せずボチボチ頑張ってな!」と、短時間でしたが、ムラちゃんと話をすることができました。翌日の朝方、車庫で偶然見かけたムラちゃんは、ゆっくりトラックから降りるところでした。ムラちゃんの顔を見ると、頬は垂れ下がり、身体もやせ細り、まるで別人になっていました。
私は、昨夜、ムラちゃんを励ますつもりでかけた「軽い言葉」を恥じ、言葉には出しませんでしたが「ゴメン」と、心のなかで呟きました。
トラックから降りてきたムラちゃんは、私に気づき、ゆっく、ゆっくり、近づいてきて、伏し目がちの私に向かって、クルマを指差し「おつかれ~。あそこに置いてあるやつ。クルマ買い替えてん。嫁は絶対買わないって言ってたんやけど、中古ならいいよってことで。カッコいいやろ!」と言うので、「おー! カッコいいやん。良かったなぁ」と言うと、嬉しそうな顔をして、軽く右手を挙げ、自宅へと帰って行きました。
それから2週間ほどして、急にムラちゃんの体調が悪くなり、緊急入院。その1カ月後に、ムラちゃんは天国へと旅立ちました。30歳でした。