元ベテラン運転手 トラさんの「泣いてたまるか」No.119

元ベテラン運転手 トラさんの「泣いてたまるか」No.119
追想記(消えた道 其の十五)
助手席に移ったのには理由があった。その頃のトラックにはスタビライザーがなく、やっと新車に装着していたくらいだった。中古のオンボロの私のトラックでは横揺れが激しかった。
つまり、男女の営みをするとき大きく揺れてしまう。まして、トラックのキャビンは狭く、後ろのベッドも一人分の幅しかない。そこでの重なり合っての激しい動きでは、大きくトラックが揺れる。それを避けようとすれば、自然、ラーゲは限られてくるからだ。
 
外見の服装や化粧、話し言葉から受ける真面目で清楚な印象とは違い、大胆と奔放さが観られた玲子と愛し合った後、彼女はポツリポツリと、前のご主人と現在のご主人のことを話してくれた。
その内容を大まかに言えば、前のご主人は、自分を性の道具としか扱わなかったが、それに対しては今から考えると満足だった。が、今のご主人は、自分を一人の人格者として扱い大事にしてくれるが、女の本能的な部分には目が行き届かない。
 
そして、最後の私のことに触れた時、少なからずショックを受けながら聞いていた。
「私ね、○○君と話していると、本当に気分が良くなるのよ。いつも気を遣ったような話しぶりだし、期待感を持たされてしまうのね」
期待感? 彼女が持った? 自分では気が付かないでいたことだ。
「期待感を持つって?」
「そうねぇ、自分に気があるんじゃないかとか、求められているんじゃないかって、そんな気にさせられるのよ。キャンプの時もそうだったから、あの後あなたからの連絡をしばらく待ってたの。そして、今日もずっといい気分でいられたのね。でも、私はあなたのことをずっと心の拠りどころにしてて、時々、思い出してたんだけど、あなたは名前を呼んでくれなかった。それが凄く気になってたの。それが、別れ際になって呼ばれるなんて……」
最後の言葉は何だか、私に体を預けた言い訳にも聞こえないではなかった。
 
それにしても……。キャンプの後のことは既に聞いている。あの時は、確かに気を引くようなことを言ったのかもしれない。しかし、今日は下心と言うか、期待感はあったにしても、それはあくまでも、彼女の気持ちを汲んでの返事だった。いわば、嘘が混じっているとは言え、彼女の私への気持ちに対する精一杯の気遣いだった。
思いもよらぬことを言われたために、とっさの返事に窮していると、彼女の方から話しかけてきた。
「あら、ごめんなさい。あなたを責めているんじゃないのよ。今、思ったんだけど、『ひとひらの雪』は観た?」
その頃、渡辺淳一の「ひとひらの雪」が映画化され、「秋吉久美子」の裸体と共に話題になっていた頃だった。
「いえ、読んでもないし観てもないんですよ」
彼女は、真顔になり話し出した。
「大人の恋愛って、感情や欲望に流されてはいけないのよね。今日、あなたと会って、さっき『思いでの終焉』って言われて、そうなのよねって、心の中で思ってたのね。わたし、今、決心したわ。主人に女心を解ってもらえるようにしなきゃって」
そう言って、私の顔を見てニコッと笑った。そして、続けた。
「今日あなたに肌を許したのは、過ちは過ちなのよね。でも、それをステップにしなきゃね。あら、もう四時を回ってる」
自分の腕時計を見ながら言った。
 
トラックを下り、彼女が自分の乗用車の運転席に乗るのを見届け、その横に立った。最後の言葉をかけようとしたとき、また、彼女の方から声をかけてきた。
「本当はね。キャンプでのあなたのことをお調子者だったって、ずっと、割り切ろうとしていたのよ。だから、今日会えたのは本当に良かった」
私は、その言葉を聞いても、何も答えられなかった。ただ、運転席に顔を入れて、彼女に別れの口づけをした。
「玲子さん、お元気で、お幸せに」
「あなたもね、○○さん」
最後に、さんづけで呼ばれたことに、異様なくすぐったさを覚えた。そして今度は、車を発進させた後、スムーズに駐車場から出て行った。
 
しかし、私の心の中には、自分自身へのわだかまりが残ってしまった。
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