元ベテラン運転手 トラさんの「泣いてたまるか」No.108

元ベテラン運転手 トラさんの「泣いてたまるか」No.108
追想記(消えた道 其の四)
 
プレゼントのことを聞こうとしたが、その人はすぐに運転席に向かった。ドアを開け乗り込み、助手席側のロックを内側から開けてくれた。当時は、現在のようなオートロックは一般的ではなかった。
その人のキビキビした様子に、問いかけるチャンスを失ったままドアを開け乗り込んだ。シートに腰を下ろすと、不思議に気持ちが落ち着き、「ままよ」と言う気分になった。
トラステを出るとすぐに8号線に出るが、左折のウインカーを上げている。新潟市内に向かうのだと想像できた。
車は左折するとバイパスには乗らずに、まっすぐに走った。
あれ、さっき通って来た萬代橋方面に向かうのか? と、先ほどまで自分が思い描いていた、ホテルの風景がよみがえってきた。まさか、この人も同じ気持ちでいたのだろうかと、キャンプでのことを思い出し、横顔にそっと目をやった。運転している顔は、真顔で真剣そのものだ。初めて見る真剣な顔つきと横顔の美しさに、ゾクッとした。
あの時、中途半端で終わってしまったことが、何かのしこりのように残っていたのは、自分だけではなかったのかもしれない。出雲崎を案内するつもりだったということでも、それはうなづけることだ。
キャンプ中、私は単なる火遊びのつもりだった。だけど、出雲崎を案内する気持ちを持たせたのは、自分に違いない。(何か、期待を持たせるようなことを言ったのだろうか……)と、いくら考えても、思い出せなかった。
そして、今も10年前と同じ気持ちを、持ち続けているのだろうか……。しかし、すでに結婚して幸せだと言っている。だとすれば、不倫を望んでいる? それならば、と、気持ちが高揚してくるのを覚えた。
そうか、プレゼントの意味は……。と、自分勝手な妄想を抱き、その人の横顔を、そっと覗いてみた。今度は、幾分考えことをしているように見えた。何を考えているんだろうか。私はキャンプでのその人の感触を思い浮かべていた。
今よりも、太めだったので、肩を抱いた感触は柔らかだった。つないだ手は荒れてなく、これも柔らかだった。スマートになった今は、どんな感触なのだろうと、思いを巡らせていると、車を停めたと同時にその人の声が聞こえた。
「着いたわよ」
その声に我に返った。考えごとをしていたので、何処をどう通って来たのか判らないまま、目を凝らせてみると、デパートかスーパーの駐車場だった。
夢から覚めた気分……。まさにその通りだった。ここに来た目的は、あくまでもプレゼントを買い物をするために違いなかった。
照れ笑いを漏らさないように、心の中だけに仕舞い込み、プレゼントが何なのか訊ねた。
「何をプレゼントしてくれんですか」
その人は、即座に答えてくれた。
「あなたのトラックのシート、随分と継ぎはぎだらけだったじゃない。だから、修理をするのにハサミが良いかなっと思って」
アッと思い出した。トラックの方をじっと見ていたのは、会社を替わったというだけじゃなく、平ボディなので掛けているシートまで目を向けていたのだ。
店内に入り、ハサミを買い求めた後、タオルを買うといって売り場に向かった。
「キャンプの時ね、随分汗をかく人だったので、タオルのことも考えていたのよ」
ニコッと微笑んで言ったその人に、言葉を紡いだ。
「そんなことまで覚えていてくれたんですか」
その人は、明るい笑顔で言ってくれた。
「忘れないわよ」
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