<商用車ショー>
1999年に自動車工業振興会に転籍して東京モーターショーの運営に関わり、2000年、初の商用車ショー立ち上げに参画した。商用車ショーはその後、02年、04年と開催し、内容も来場者数も好転してきたが、費用対効果や工数、そしてショーの性格が一般来場者向けと商談対象者向けの両方を狙ったことから、やや中途半端になってしまい、中止に追い込まれた。
これは事務局としても大変残念なことで、商用車を小型と大型に分けて、大型商用車のショーとしてやや小ぶりに開催できなかったものかと思うが、そうなるとトラックショーとの差別化やバッティングが避けられないという別の課題もあった。
自工会としてはバスを含めた全ての働くクルマを大集合させた華やかなショーを目指していた。その点、ドイツ自工会はフランクフルトとハノーバーという乗用車と商用車のショーを交互に開催し、どちらも世界一と言える規模を保っている。特に商用車は世界中で商用車のショーがほとんど中止される中で頑張って開催し、もはやヨーロッパではハノーバー1カ所に集約されてしまったと思わせるほどである。(社団法人日本自動車工業会モーターショー室長)