2026年4月トヨタ移管へ向けて子会社化! ターニングポイントを迎える日野自動車・羽村工場がたどった足跡

2026年4月トヨタ移管へ向けて子会社化! ターニングポイントを迎える日野自動車・羽村工場がたどった足跡

羽村工場の足跡

『トラック・バスの日野』が1965年に発売したリアエンジン後輪駆動の小型2ドアクーペ「コンテッサ1300クーペ」。前年発売の4ドアセダンと同じくジョバンニ・ミケロッティがスタイリングを担当。羽村工場での生産期間はわずか3年ほど
『トラック・バスの日野』が1965年に発売したリアエンジン後輪駆動の小型2ドアクーペ「コンテッサ1300クーペ」。前年発売の4ドアセダンと同じくジョバンニ・ミケロッティがスタイリングを担当。羽村工場での生産期間はわずか3年ほど

 ここからは、自動車生産拠点としての足跡を辿ってみよう。

 羽村工場は1963年、『トラック・バスの日野』が独自に開発した乗用車「コンテッサ」やボンネット小型トラック「ブリスカ」の組立工場として新設したもので、トラック用部品の機械加工工場も併設する(操業開始は後者が早い)。

 当時日本の自動車の中心市場は、トラック・バスなどの商用車や小型三輪商用車から、次第に乗用車や小型四輪商用車へと移りつつあり、日野本社工場での乗用車生産も増加していたため、小型車専用工場を設置したのだった。

 しかし生産が増えたとはいえ、他の乗用車メーカーと比べれば少なく、大型商用車がメインの日野の小型車シェアは低迷した。3年後の1966年、日野はトヨタと業務提携し、67年からトヨタの乗用車派生バン「パブリカ・バン」、2代目ブリスカをトヨタと共同でリニューアルした「トヨタ・ブリスカ」の生産を開始することになる。いっぽう同じ67年をもって、日野オリジナル小型車の生産は終焉を迎えた。

 そして1968年、トヨタの新型ピックアップトラック「ハイラックス」の生産を開始して以降、羽村工場は飛躍的に発展し、日野の経営面でも強固な柱のひとつとなっていく。

 この初代から歴代のハイラックスは、トヨタが企画を担当し、日野が開発と生産を受託するモデルとなっている。その信頼性と耐久性の高さは、全世界で広く評価されてきた。また、90年代の『RVブーム』では、三菱パジェロとともに、ハイラックス派生SUVである「ハイラックスサーフ」がブームを代表するモデルとして挙げられるほどの人気を得た。

 実は羽村工場では、ハイラックスと並行して乗用車である「パブリカ」、その次に「カリーナ」、さらにその次には「ターセル/コルサ」の受託生産も行なわれていた。それだけに留まらず、「ターセル/コルサ/カローラII」の三つ子モデル時代には、受託生産に加えて部分的ながら開発業務も担当していた。

 このように羽村工場は、「大型商用車メーカーが運営する、トヨタ小型車の受託生産工場」という収益的にも重要かつトヨタグループの一員としての役割を果たしてきたわけである。

1968年から羽村工場で生産を開始した初代のトヨタ「ハイラックス」。市場では好評を博し、日野自動車の経営における羽村工場の存在感を決定的に高めたモデルである。以来、歴代ハイラックスはタイのトヨタ海外拠点に移管されるまで、羽村工場で生産されていた
1968年から羽村工場で生産を開始した初代のトヨタ「ハイラックス」。市場では好評を博し、日野自動車の経営における羽村工場の存在感を決定的に高めたモデルである。以来、歴代ハイラックスはタイのトヨタ海外拠点に移管されるまで、羽村工場で生産されていた

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