日本の車両運搬車・長大トレーラの父、逝く

日本の車両運搬車・長大トレーラの父、逝く

浜名ワークスの田村慎一名誉顧問の訃報に接して

昨日、去る12月11日に88歳で逝去した浜名ワークスの田村慎一名誉会長の葬儀が「イズモホール浜松」で執り行なわれました。車両運搬車のトップメーカーとして知られる浜名ワークスですが、創業当初は浜名木工所として木工製品の製造からスタート。昭和23年には自動車車体の製造を開始したのを機に社名を浜名自動車工業に変更しています。昭和33年には父親の跡を継いで代表取締役に就任。昭和35年には車両運搬車の生産を開始しました。以来、車両運搬車はもとよりウイングボディの「ハミック」などトラックボディの開発に力を注ぎ、独立系の架装メーカーとして確かな地歩を築きます。平成9年には現在の浜名ワークスに社名を変更しています。

真面目で温厚な人柄で田村慎一氏は誰からも慕われてきましたが、クルマづくりへの真摯な姿勢も一貫していました。特に日本のトレーラ化の促進にかける情熱は極めて熱く、平成22年には構造改革特区認定に基づき、どこよりも早く連結全長21mフルトレーラの運用に向けて開発を開始しています。この働きがなければ、日本のトレーラ化の進展はもっとずっと遅れたことでしょう。その意味でも田村慎一氏はまさしく日本の「長大トレーラの父」であると思います。いよいよダブル連結トラックが走り始めた今日、それを見届けて逝った田村慎一氏の死は、日本の架装業界・トラック業界にとって大きな損失だと思いますが、今はただただご冥福を祈りたいと思います。

昨日の葬儀で喪主を務めたのは、長男で浜名ワークスの現社長である田村元(はじめ)氏ですが、葬儀の後の謝辞で田村社長はこう語りました。

「本日は年末の非常にお忙しい中、多数のかたに亡き父の葬儀にご会葬いただきまして誠にありがとうございます。また生前中は大変お世話になり誠にありがとうございました。

父は12月の10日の深夜、浴室で急性心筋梗塞のため心肺停止の状態で発見されたわけですが、それまでまったく悪いところはございませんでした。無念は尽きないかと思いますけど、享年88歳、そのうちの70年を浜名自動車工業、浜名ワークスとともに駆け抜け、外ではライオンズクラブ、オイスカ(公益社団法人として本部を日本に置き約30カ国の国と地域に組織を持つ国際NGO)、警察友の会など、いろいろなことに情熱を注ぎ、でも、やはりトラックボディ、キャリアカーとともにあった人生ではないかと思います。

家庭では優しく、温かく包みこんでくれるような親父であり、ジイジでありました。晩年は仕事のことで私とぶつかることもありました。決して親孝行な息子ではありませんでした。ただ、こうして親父を喪って、いかに自分が親父に寄り添って生きているか、皆様にどれほど愛していただいたか、自分もどれほど親父を愛していたかを痛感しております。

今後は残された者一同、親父の遺志をしっかり受け継いで、前に進んで行きたいと思っております。なにとぞ、父の生前中と変わらないご指導・ご鞭撻をよろしくお願いいたします」。

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