追想記(消えた道 其の十二)
当時の気持ちを根掘り葉掘り聞いたのは、ただ、オレの気遣いが本物だったかどうかを確認したかっただけ……。それは、その人にとって、前のご主人との出会いと、その後の不幸がもたらした男性不信を払しょくするために必要なことだったのかもしれない。それに対し、オレは単純にキャンプ当時のシチュエーションの継続を望んだに過ぎない。
顔が自然に下を向いていた私に、その人は優しさを込めて言葉をかけてきた。
「あの、ちょっと気になっていることがあるんだけど、出雲崎に行ったことがあるんじゃないの?」
突然の質問の真意が判らなかった。が、聞いてきたことは単純なことだ。
「いえ、行ったことはないんです」
「そうなの。トラックステーションから出雲崎までの時間を簡単に計算してたから、てっきり行ったことがあるのかと思ってた」
その人の質問の真意は、話題を変えることで下を向いている私に対する配慮だと感じた。そして、私の今の気持ちに応じきれないという、気持ちの表れでもあったと受け取った。私もその気遣いに応じることにためらいはなかった。
「出雲崎は、国道161号線をいつも走っているので、おおよその時間の見当はつくんです。今日も、国道8号線じゃなくて161号線を通って来たんです」
「あら、そうなの。でも、普通は8号線の方を通るんじゃないの?」
「そうですね。ほとんどのトラックは8号線経由だと思います。でも、柏崎を過ぎると急な坂道になるし、長岡から黒埼までは案外に車が多いですから時間がかかるんです。それで、平坦で走りやすい161号線を通るんです」
ちょっと考える素振りをした後、質問をしてきた。
「急な坂道って、それまでもたくさんあると思うけど、出来るだけ坂道を避けてるってことなの?」
素人らしい質問だ。当時、過積載に対する荷主の意識が低く、日常茶飯事だった。特に、坂道ではトラックのエンジンやタイヤ、ボディの負担だけでなく、ドライバーも結構疲れて負担は大きかった。それに161号線にはカンカン(貫看)場がなかったので、8号線より過積載で捕まる可能性は少なかった。
「ええ、重い荷物を積んだときには、トラックもそうですけど、ドライバーの負担も大きいんです。それに捕まる可能性が少ないですからね」
「捕まるって?」
捕まるの言葉に鋭く反応した。
「過積載のことです。結構重い荷物を積まされるんですよ」
「まあ、そうなの、大変なのね。でも、道が狭いんじゃない?」
確かに、8号線と比べると同じ片側一車線でも狭く感じていた。
「ええ、でも交通量が少ないし、トラックも少ないですから、走りやすいですよ。でも、理由はそれだけではありませんけどね」
すぐに反応があった。
「どういうことなの?」
「出雲崎ですよ。何となく、新潟県内でも思い入れのある場所ですからね。ここまで話したかどうか覚えてないんですけど、芭蕉が新潟県内で唯一句を詠んだのが、出雲崎なんですよね。その場所から佐渡を眺めてみたいと思っていました。でも、チャンスはなかったですけどね」
特に、出雲崎に思い入れがあるわけではなかったが、そのような言い方をした。それは、その人が二度も訪れたことに対する敬意のつもりだった。
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