追想記(誰もいない道 其の二)
だが、それもつかの間、自分が履いているタイヤのことが気になった。タイヤは毎年12月に入ると間もなく、頃合いを見計らって、新品に入れ替えていた。そのタイヤは「ライトスノー」。いわゆるミックスタイヤでオールシーズン履けるものだが、新品から4カ月経っている。
もし、横合いからの飛び出しなどあったら……。車や人だけでなく、犬や猫が飛び出しだってある。思わず思いっ切り急ブレーキを踏まないか? とっさの場合の自分の運転の習性を考えると、不安が徐々に押し寄せてくる。
やがて、直線道路を過ぎ、また海岸線の道になり、左側海が真っ暗で何も見えない。ガードレールの向こうは一体どうなっているんだろう?
誘い込まれるような闇の中で、先ほどの不安が新たな不安を呼び寄せ、妄想を膨らませてくる。もし、急ブレーキを踏んでトラックの制御が効かなくなって、ガードレールを突き破って海に落ちたらどうなるか? 交通量のないこんな所では、事故にさえ気が付かれないだろう。そうなると、この冷たい海の中で俺は……。
いや、今は4月だ。今日こそ凍えるような寒さだけど、海水温はそれなりに上昇しているはずだ。陸地と違って海は温度に簡単に左右されない。すぐに凍え死ぬことはなかろう。……いや、違う! 海面ではなく、岩場だったら即死ではないか! たとえ即死ではなくても、誰も通らない道では、発見されるのが遅くなってしまう。ゾッと背筋に悪寒が走った。
フッと、スピードメータ―に目をやった。時速40kmを維持している。そうだ、このスピードではガードレールなんか破れるはずがない。まして、原料の袋物2t程度の重量しかない荷物だ。自分に言い聞かせると「そうだそうだ」と、もう一人の自分が納得していた。
気持ちが軽くなると、視野も広くなってくる。辺りの景色に身をやると、今までの妄想がスーッと引くのを感じた。
こんな場所で……。左が海、右が斜面になっている。犬や猫が飛び出してくるか? まして、人や車なんて……。ハハハ……。
でも、でも、見通しの悪いカーブで対向車が来ないとも限らない。
凍結の下に埋もれた中央のラインは見えないが、自分だけは中央部分からはみ出さないように走らなきゃ! と、言い聞かせた。
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